文化庁の国際文化交流懇談会(座長・平山郁夫東京芸術大学長)は1月17日、国際文化交流の現状と課題について、中間報告をまとめた。
国際文化交流懇談会は、文化庁が国際文化交流においてより重要な役割を果たすことが求められている状況を踏まえ、官民を通じた国際文化交流の現状を把握・分析することを趣旨とした懇談会である。また同時に、関係機関・団体等がそれぞれの特色を生かしつつ、国際文化交流を総合的、計画的に進める上での基本的な方針や具体的な方策等についてのマスタープランを作成することも趣旨としている。実施期間は平成14年5月10日から平成15年3月31日までで、メンバーは、画家、漫画家など多彩な顔ぶれ(別記)。
■日本文化の担い手は国籍を問わない
中間報告の第1章では、「今、なぜ、国際文化交流か」と題し、国際社会は産業社会から脱産業化し、情報化社会へと変動をとげつつあること、日本の経済力は相対的に低下しており、経済活動も、より文化に依存するようになりつつあるので、これからは文化面での国際貢献を果たすべきではないかと提起している。
第2章「国際文化交流の現状と課題」では、国際文化交流の変遷・現状・課題を示した。課題の中で、日本文化と国際文化交流の今後について、「日本人のみを日本文化の担い手とみなす考え方も、改める必要が生まれてくる。既に茶道、華道などの生活文化、柔道、空手道、合気道などの武道は、全世界に膨大な数の愛好者を持っている。能や狂言、歌舞伎などの伝統芸能、琴、三味線などの邦楽についても、愛好者、理解者だけでなく、研究者にも多くの外国人がいる。習得のために日本を訪れる外国人、海外への普及活動に携わる日本人も多い。国境を越えて文化活動に携わる多くの人々が、国籍を問わず、日本文化の担い手となりうるような環境整備が重要である。」と説いた。この流れから、若者離れが進む分野の教育産業も活性化が期待できるかもしれない。
■多様な視点から日本文化への理解を
また報告書は、外国人を対象とする日本語教育の充実に言及し、「日本文化についての国際的な理解を増進するためには、外国人に日本語で日本文化に接してもらうことも必要である。そのため、日本語教育の充実を図り、世界で増加しつつある学習者の需要に適切に対応していくことが、重要な課題である」としている。
さらに、「外国人を対象とした、外国語としての日本語の教育は、日本人と同じ価値観や言語習慣を習得させることを目標とするものではなく、価値観や言語習慣の違いに気づくことなどを通じて、多様な視点から日本文化への理解を深める機会を提供するものである。」
また、「外国人を対象とする日本語教育は、日本語を通じた知的活動の一環として幅と深みを持つものであり、今後ますます、国際文化交流の基盤としての役割を担うことになるであろう。」とした。
この考え方は、先の日本語教育能力検定試験の改正での方向性と一致しており、より異文化理解を主眼とした日本語教育へとシフトしていくと考えられるだろう。
■受容側の文化をも理解することが大切
第3章「国際文化交流の理念と目的」では、「文化の相互理解による国際平和、自由な世界の実現」「日本への親しみ、国際社会での存在感の高まり」「文化芸術の発展」「日本文化の再認識」「国際文化交流政策の総合的な推進に向けて」と各項目だてされ、さまざまな意見が示された。
特筆すべきは、広義の国際文化交流として以下のような意見が加えられていることだ。「日本は既にこうした(衣食住・マンガ・アニメーション・ポップミュージックなど)生活文化やメディア芸術などの有力な発信国となっている。そのため、今日では、例えば、日本のマンガやゲームを『原典』や『現場』で研究するために来日する研究者や留学生も少なからず存在する。
今後は、こうした日本の文化を一方的に発信するのではなく、その受容側の文化をも理解することが、相互の信頼関係を増進するために不可欠である。」(「文化の相互理解による国際平和、自由な世界の実現」) 「日本への外国人旅行者が少ない原因として、日本発の情報が政治、経済、事件に集中しており、そのことが日本を外国人にとっては今なお『遠くて、高くて、分からない』国にしているとの指摘がある。
他方、多様性に富んだ国境横断的な日本のアニメーションは、ほとんど『メイド・イン・ジャパン』と意識されることもなく、多くの国々で日常的に放送されている。ここにも見られる日本文化の包容力や構成力を積極的に伝えて、多様な文化を受け入れる、包容力のある文化の発信国というイメージを醸成することが望ましいであろう。」(「文化の相互理解による国際平和、自由な世界の実現」)
遅まきながら、国もゲームやアニメーションをサブカルチャーとしてでなく、世界に誇る文化として位置付けていく姿勢がうかがえる。本年度、東京工芸大学で「アニメーション学科」が、大阪電気通信大学総合情報学部で「デジタルゲーム学科」が、それぞれ新設されているが、今後このような学科を目指す留学生の増加も予想できる。
■国語教育と日本語教育の融合
また、「日本文化の再認識」という章の「国民一人一人の世界と対話力の向上」という項目では、「他者に向き合って説明する作業を通じて、初めて自らの内面が明らかにされることも多い。英語第二公用語化の提唱もあり、語学熱は盛んになっているが、英語で話すべき内容において、否、それ以前に日本語による国際的な対話においてすら、まだ国民一般に十分な用意があるとは言えない。近年、日本人の言葉遣いやコミュニケーション能力、文章作成能力などについて、さまざまな問題点が指摘されており、これからの時代に求められる国語力を生涯を通じて身につけていくことが求められている。」という表現があり、日本人が改めて日本語を学ぶ、ということに肯定的な表現ととらえることができる。
2004年から国語学会が日本語学会へと学会名称を改めるという流れとあいまって、国語教育と日本語教育の融合が進むのではないかと推察する。将来的には日本語学校に日本人の生徒が通う図も想像に難くない。
第4章「国際文化交流の推進方策」では具体化すべき主な施策もいくつか示されている。そのうちの「訪日外国人青年などによる日本文化発信」の項では、「日本文化の発信をより幅広いものにするため、さまざまな形で日本を訪れ、地域社会で生活する中で、日本の文化に触れ、興味を持ち、さらにはその理解を深めた外国人、留学生には、彼らが自らの視点で見た日本の文化の魅力を、出身国の人々に発信することが期待される。このため、外国人青年などが日本文化に関心を持ち、理解を深めるよう、日本文化に関する情報の提供などを行う。」としている。
このことから、国費留学生など、国が働きかけやすい外国人青年を対象に日本の文化を学んでもらおうという試みや援助などがなされる可能性がある。しかし、これが押しつけであってはならない。また、日本の文化を学びたいという意欲はあっても、貨幣格差のせいで日本に来てもアルバイトをせざるを得ない学生たちに、お互いにとって魅力のある情報提供とはどういうことが考えられるのか、現場の声を反映させるべきだろう。
■外国人が日本語で日本文化に接する機会を
また、同じ章の「日本語教育の推進」という項では、「海外への日本文化発信に当たって、日本文化を深く理解してもらうには、外国人に日本語で日本文化に接してもらうことも必要である。
そのため、日本語教育の指導内容・方法などの調査研究、日本語教育に関する情報や教材などの提供、日本語教育に携わる者の養成および研修、日本語教員の海外派遣、日本語教育能力や外国人の日本語能力にかんする適切な測定(評価)方法の研究・開発など、外国人に対する外国語としての日本語教育を推進する。」と明記している。
これまでも近年、日本留学試験の導入、日本語教育能力検定試験の改正、「日本語教員養成の新たな教育内容発表」など、大きく様変わりしてきた日本語教育の分野だが、この方針によって、今後ますます変化していくことが予想される。
最後に、地味なようで最も望まれる項目が「関係省庁等連絡会議の設置」であろう。
「国際文化交流政策を総合的に推進するため、関係省庁や政府関係機関(文化庁、文部科学省、外務省、国際交流基金、国土交通省、国際観光振興会、総務省など)が、国際文化交流に関する情報を共有するとともに、相互の連携・協力を図るための連絡会議を設ける」と提言をしている。
新たにこのような会議を設ける是非についてはなお考察が必要ではあるが、タテ行政でなく、政府機関がヨコのつながりを持って相互に理解しあうということが、教育現場をはじめとする各実務レベルにとって好ましいことはいうまでもない。(竹内)
国際文化交流懇談会委員(敬称略)
青木保(政策研究大学院大学教授)、
稲賀繁美(国際日本文化研究センター助教授)、
今井義典(NHK国際放送局長)
、才田いずみ
(東北大学大学院文学研究科教授)、
佐藤卓己
(国際日本文化研究センター助教授)、里中
満智子(
漫画家)、
新藤次郎(日本映画製作者協会代表理事)、
鈴木忠志(演出家)、
高橋
平大(日本印刷株式会社専務取締役)、
中村
良夫(
東京工業大学名誉教授)、
長谷川善一
(財団法人新国立劇場運営財団常務理事)、
日比野克彦(東京芸術大学美術学部先端芸術表現科助教授)
、平野健一郎(早稲田大学政治経済学部教)、
◎平山郁夫(東京芸術大学学長)、
藤井宏昭(国際交流基金理事長)、
舩山龍二(JTB取締役社長)、
星野紘(成城大学大学院講師)、
マイケル・カーン(元高知県教育委員会国際交流員)、
桝本頼兼(京都市長)、○三善晃(東京文化会館館長)、
森下洋子(松山バレエ団団長)、
渡邊明義(東京国立文化財研究所長)、
渡邊守章(放送大学副学長)
◎:座長 ○
:座長代理
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